WHOの精神医療に対する報告書について


世界保健機関(WHO)が、2022年6月に精神医療・精神保健福祉(心の健康のケア)を変えるべきだと提言する報告書を発表しました。


https://www.who.int/news-room/releases/17-06-2022-who-highlights-urgent-need-to-transform-mental-health-and-mental-health-care


日本でも、今、精神医療をどう変えていくか、医療保護入院というシステムをどうするかといった社会的な議論がありますが、こうした話は日本に限ったことではなく、世界的な課題です。


今回は、このWHOのレポートを私の視点でざっくりまとめてみました。


精神疾患というと、珍しい病気と思われる方もいるかもしれません。しかし、WHOの報告書いわく、世界では8人に1人が精神疾患を抱えるという数字が出ています。実は、精神疾患はありふれたもので、誰もが精神疾患になる可能性があります。なお、精神疾患の中では、不安症(不安障害)とうつ病が最も多いです。


精神疾患は社会と密接に関係しています。国の経済状況が悪化したり、新型コロナウイルスのパンデミックのような出来事で社会不安が高まったりすると、精神疾患が増える傾向にあります。逆に、精神疾患のため働けなくなる人が増えると、国の経済状況が悪化する等、社会に悪影響を及ぼします。


つまり、精神疾患と社会は互いに影響し合っているということです。


精神疾患で苦しんでいても、適切に治療していない人は、どこの国にも沢山います。例えば、高収入の国々でも、うつ病の患者さんの中で最低限の治療を受けている人は23%しかいないそうです。低収入の国々では、この数字が3%に下がります。こうした人々のために、適切な精神医療やケアを届けることが大切です。


ただし、精神医療やケアの意義は個人の幸せだけではありません。社会全体にとってもメリットがあります。この理由を説明していきます。


精神疾患になれば、頭が回らなくなり、疲れやすくなり、労働生産性が下がります。場合によっては全く働けなくなります。このため、精神疾患は貧困の原因になります。


また、精神状態が悪化すると身体的なケアが困難になり、身体疾患になりやすくなります。統計的には、重度の精神疾患があると、寿命が10-20年縮みます。


精神症状は人間関係を悪化させることもあります。酷いと社会的に孤立してしまいます。孤独や孤立は既に日本でも社会問題です。


逆に、精神的に健康であれば、勉強がはかどり、しっかり働くことができます。身体的な健康も保ちやすく、他人と上手に交流しやすくなります。つまり、精神的に健康になれば社会全体に貢献できる可能性が高まるのです。


このように、精神疾患の様々な側面を考えたら、個人が精神疾患を克服し、社会で活躍できるようなシステムを整えれば、本人だけでなく、社会全体が良くなることが分かるはずです。


さらに、人権を守るためにも、精神医療は重要です。多くの国で精神疾患に対する差別があり、また、精神疾患の人々を長期的に入院させて社会から隔離してしまっています。これは日本でも議論されている問題です。移動の自由は基本的な人権の一つです。真に人権を考えるなら、病院に閉じ込めて移動の自由を奪うのではなく、自宅で治療できるようなシステムを作るべきです。


良い精神医療は医療機関だけでは作れません。精神疾患と社会が密接に繋がっていますから、精神的な治療やケアを考える上でも、社会と連携が必要です。


WHOはコミュニティ・ベース(地域ベース)の医療・ケアを提唱しています。これは、医療機関と、地元の非医療機関や福祉施設が連携して治療、ケアを行うものです。単に医学的な治療だけでなく、生活全般を支援する方法で、治療効果を高めることができます。日本でも地域包括ケアシステムという考え方が浸透してきていますが、同じ考え方です。


また、精神疾患を予防する取り組みを考える上でも、医療機関だけでは不十分です。自宅、学校、職場など、社会の様々な場所と精神保健福祉が繋がるシステムを構築することが大切です。


まとめると、多分野多領域にわたる、大きな繋がり社会的なネットワークを作ることが、良い精神医療・精神保健福祉のシステムというわけです。


精神保健福祉の地域包括ケアシステム(コミュニティ・ベースの精神医療)は、国や地域ごとにカスタマイズされるべきものです。一つの正解があるわけではありません。口や地域ごとに、資源(ヒト、モノ、カネなど)に差があるので、どこの国や地域でも同じ方法ができるはずありません。他の国や地域を単に真似てもうまくできません。自分たちの国や地域に最適な方法論を見つけることが大事です。


精神疾患の方々を長い間入院させて社会から隔離するという方法は、もう古いし、社会にとっても良くない。これがWHOの考え方です。


そもそも、精神疾患の方々を病院に閉じ込めておいても社会や経済は発展しません。そうではなく、精神疾患がある人に良い治療とケアを提供し、社会で活躍の場を提供すべきです。そうすれば、経済効果も期待できます。


経済的な視点で考えると、精神保健福祉のシステムを作るためのお金は、単に失うものではなく、将来的なリターンが期待できる投資になるのです。実際、精神医療・保健システムにかけたコストに対して、5倍の利益があるというデータがあるそうです。どんなに良いシステムを作っても、経済合理性が無いと長続きしませんので、経済的な視点も極めて重要です。


いかがでしょう。WHOの報告書の内容は、きわめて科学的、合理的で、現実的です。この提言を受けて、当院も社会との繋がりを一層大事にするべく努力して参ります。



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